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| 名前 | 森 彩也音(アヤネ) |
|---|---|
| 依存症の父と夫が居ます。ACです。 | |
| タイトル・資格 | 共同代表、精神保健福祉士、公認心理士 |
| 出身 | 沖縄県 |
| 趣味・好きな事 | キックボクシング、美味しいもの食べ歩き、漫画を読むこと |
| 座右の銘 好きな言葉 |
日々一笑。 私たちは、成功するためにここにいるのではありません。誠実であるためにここにいるのです。 ーマザーテレサ |
| 夢・ビジョン | 皆平等で愛と感謝に溢れた社会を創る。 |
| 強み・長所 | 素直さ、根気強さ、一人の時間が苦じゃないところ。 |
| 今苦しんでいる 仲間に一言 |
今依存症で苦しんでいるご本人さん、ご家族には視野を狭く持たず、恥ずかしいと思わずに相談してきて欲しいです。依存症はどうしても家族を巻き込んでしまう病気なので、なんでこんなことに、私達さえ我慢すれば、、となりがちですが使える社会資源は色々あります。ぜひ一度ご相談ください(^^) |
| 名前 | 宮﨑 彩(なつ) |
|---|---|
| 依存症当事者 | |
| 役割 | 施設長 |
| 出身 | 東北 |
| 趣味・好きな事 | 映画鑑賞・御朱印巡り |
| 座右の銘 好きな言葉 |
謙虚謙遜 |
| 夢・ビジョン | 平和な日常 |
| 強み・長所 | 負けず嫌い |
| 今苦しんでいる 仲間に一言 |
以前ある仲間に「私たちは幸せになるために生まれてきたんだよ」と言葉をかけて貰いました。幸せの形や感覚は人それぞれ違うと思いますが、考え方や見方を少し変えれば目の前にある日常の中に幸せと感じられることが沢山ある事に気付かされました。でも苦しみの渦の中ではそれを見つけることはできません。少しずつでも、ゆっくりでも一緒に歩いてみませんか? |
| 名前 | 花城 直子(なおこさん) |
|---|---|
| 資格 | 保育士、サービス管理責任者 |
| 出身 | 沖縄県那覇市 |
| 趣味 | 手相、タロットカード、ピアノ |
| 好物 | いちご、メロン |
| 座右の銘 | 己の欲せざる所は人に施すことなかれ(孔子) |
| 夢 | 最近は日々心の中で「ありがとう」を唱え18万回になりました。「ついてる、ついてる」という気持ちで自分を大切にして今後の人生を過ごしたい。 |
| 自分の弱み | 無償の愛をいつの日か成し遂げたいと思っている |
| 苦しんでいる 仲間に一言 |
明けない夜はない。自分を大切に今を生きる。 |
| 名前 | ジョーロ |
|---|---|
| 寂しがり屋で面倒臭い薬物使用障害 | |
| タイトル・資格 | 一家に一台ジョーロ アロマテラピー1級、エイサー検定2級、リカバリーダイナミクス プロバイダー、ナチュラルビューティースタイリスト、ディジュリドゥ健康法 一般マイスター、サービス接遇検定2級 |
| 出身 | 南国 |
| 趣味・好きな事 | アニメ、ゆんたく、バドミントン |
| 座右の銘 好きな言葉 |
足るを知る者は富む |
| 夢・ビジョン | 自分の中から差別を無くすこと |
| 強み・長所 | 愛 |
| 今苦しんでいる 仲間に一言 |
薬物を使うための人生から、やめるための人生を一緒に生きてみませんか?私は自由を得られました。 |
| 名前 | めいみ |
|---|---|
| 依存症当事者 | |
| 出身 | 京都どすえ |
| 趣味・好きな事 | 料理、詩を書くこと |
| 座右の銘 好きな言葉 |
よい花は後から |
| 夢・ビジョン | 感謝を感じて死ぬこと |
| 強み・長所 | よく笑う |
| 今苦しんでいる 仲間に一言 |
「よくここまで生きてこられたね、生きててくれてありがとう」この言葉をいわれるのが大嫌いな私でした。でも今は生きる楽しみを教えてくれてありがとうと言えます。一緒に生きる楽しみを探しましょう。 |
| 名前 | 上岡 陽江 |
|---|---|
| タイトル・資格 | スーパーバイザー、ダルク女性ハウス代表、精神保健福祉士 |
| 来歴 |
1991年に薬物・アルコール依存を持つ女性をサポートするダルク女性ハウスを設立。 依存症の母親とその子供のための包括的な支援に注力。当事者への支援に加え、援助職者のための研修、グループワーク、スーパーバイジングなどにも従事。 国連麻薬特別総会(UNGASS)に政府代表団顧問として参加している。 |
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沖縄「グループを作ること、育てること、つなげること。」 上岡陽江 去年からオンラインでグラン・アモールのミーティング(トラウマ・インフォームドケアに配慮した)を月に一回はじめました、それとともにスタッフのスーパーバイズも楽しくやっています。依存症者は家族機能の不全による各種の問題や心のトラブルを抱えていルことが多いです。 私は東京のダルク女性ハウスを1991年に仲間とたちあげました、まさかこんなに長く運営するとは思いませんでしたね。ずーっと「やめる!やめる!」騒いで31年にもなってしまいました、今でも自信がないので、すぐに相談します、これが長く運営できた理由かな。1995年から麻布十番のさいとうクリニックで毎週金曜日にトラウマを持った女性の依存症のグループも運営してきました、さいとうクリニックのスタッフ達と他職種で働いてきました。P S Wの資格をとったこともあり、長くトラウマに関わることとなり、その時から関わっているメンバーにたくさんのことを教わってきました。1995年にリスカが止まらないメンバーを斎藤学さんから紹介された時は驚きました。私が経験したことがなかったからです。今、彼女は他のことでは困ることはありますが、リスカでは困っていません。笑 その金曜日の場で出会った方達を私は深い尊敬の念を持っています。グラン・アモールのメンバーたちも同じですが、よく生き抜いてここに辿りついてくれたと、その勇気と、努力に「みんな良く生きてきたね!!お疲れ様でした、大変だったね。」グループではトラウマ・インフォームドケアに基づいた身体の手当て、表現、ジェンダ教育、危機管理能力を育てるなど、さいとうクリニックのグループで作ってきた経験を盛り込んでいます。 〜好きなものがわかるようになる〜これもグループでしかできないことなので大切にしています。 |
